2020.10.

「こける」


このあいだ、大学の大教室で、ちいさな段差に足を取られ、ひどく派手にこけた。両手に荷物を持っていたので、手をつくこともできず、前のめりにバッタリと。あ~、やってしまったぁ~とまず思い、痛ぁ~と打ち付けたひざや腕から痛みが波のように押し寄せ、その痛みの中で、みんなこっち見てるのかな、こけたとこ見たのかな・・・と周囲が気になり始める。すると、誰か知らない学生が駆け寄ってきて「大丈夫ですか?」と素早く床に散らばった書類を集め始める。続いて、2,3人が立ち上がり、私達にも何かできることがあれば、と寄り添ってくれる。「ありがとう、だいじょうぶよ」と冷静を装って言う。大丈夫と言ったからにはサッサと立ち上がらなくてはいけないのに、痛みがひどくてそのはずみがつかない。周りを見渡すと、当たり前だが、教室中の学生がこっちを見ている。注目の的。逃げ場なし。どうしようどうしよう・・・混乱した頭のすみっこで、60歳を超えた私は、子どもの頃のことを思い出していた。

ちいさい頃も、よくこけた。あの頃も、こけると子どもなりに感情がややこしく動いた。運動会のリレーの途中にこけると、友だちからの「がんばれがんばれ」という大声援や大人たちの「おうおう、がんばれがんばれ」という慈愛の拍手やらに包まれてなにがなんだかわからないまま起き上がり、夢中で走り続け、バトンを渡した。「よくやったよくやった」と迎えられてから、ようやく、膝や腕ににじんでいる血をみて、わ~んと泣いた。あの頃は今みたいに感情の取りまとめに計算なんかしてなかった。

たまたま同じ日に、保育園のリレー練習のビデオをみせてもらった。紅組と白組の二組に分かれて の競争だ。どの子も必死でカーブをまわりバトンを待つ次の子のところへ向かってひた走る。そのけ なげな走りっぷりもいいが、なんといっても、それを応援する子らの姿がいい。早い子にも、遅い子 にも、こけた子にも、ありったけの力をふりしぼって全身で応援している。ビデオの初めから最後ま で、延々と続くリレーの間中、誰もパワー切れすることなく、ぴょんぴょん飛び上がり手を振り大声を出し続けている。いよいよ最終ランナー二人の手に汗握る大接戦。私なんかは見ていて、どっちもこけるなよこけるなよと、ひやひやするが、子どもたちはもうただただ大熱狂。間違いなくふたりといっしょに走ってる。ゴールのその瞬間まで心はみんないっしょに走ってる。それが、ありありと伝わってきた。ところアンカーの二人が同時にゴールしたとたん、その大声援はぱたっと止まり、興奮で湯気でも出そうな子どもたちの熱々のからだは、しゅ~っと冷めていった。そして、「紅組さん白組さん、引き分けで~す」という結果発表の時には、みんなパチパチと手をたたきニコニコしてはいるけれど、全くの別の集団みたいだった。走る人・応援する人の区別なく、みんなで走り、感覚を共にして生きてた時間。その熱く生きた時間は、結果を聴くときには既に過去のものになっていたのだ。そうか、子ども時代のかけっこは、ひとりこけて、順位としてはみんなに先を越されても、置いていかれたわけでなく、そこにいるものみんなで結局ひとつにつながってたんだ。競争だけの時代じゃなかったんだ・・・とまぁ、膝にシップを貼りながら考えた秋の一日でした。




村中李衣


















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