2019.11.

「ちいさくてまるい話」


 11 月の第一週。明石に出かけた。<明石保育絵本士>という、明石独自で行っている、保育の現 場を豊かにするための学びのプログラムに協力するためだ。1 年目の基礎コース、2 年目の応用コー スと、一貫したプログラムに、現場の幼児教育に関わる先生方が挑戦している。そんなわけで、明 石駅にはもう何度も降り立っている。そこそこの人混み。大きな資料バッグを抱えて、駅構内を歩 いていると、赤ちゃん連れの若いママが、バギーの位置をあれこれ変えながら、菊人形ならぬ菊ダ コと幼い娘のツーショット写真を撮っていた。

 明石のタコをアピールした駅の工夫の一つで、菊花展示会ご案内のチラシがタコの頭上に貼って ある。タコの形に菊をアレンジするのはなかなか難しそうだ。エンジ色の小菊をびっしりと集めて 作った力作のタコだが、ラッパ状にタコの吸い口を創るのに苦戦を強いられた感じだ。うねるよう なタコの足もやや短め。なにより、大きな目玉の重さに花が耐えかねているのだろう、顔全体がう つむき加減で、どうかしたら足の中に埋もれそうだ。バギーの中の赤ちゃん、泣きもしないがニコ リともしない。この赤ちゃんにとって、菊ダコはただの赤っぽいかたまりのようだ。ママだけ奮闘 している。ところがだ。

 ママがバギーのストッパーをはずし、駅の外に向かって数メートル歩いたところで、バギーの中 から「あっ、ああーっ!」という今まで聞いたことがない雄たけびが聞こえた。

 何事かと赤ちゃんの目線の先を追うと、外の花壇に埋もれた菊タコが、まあるいふたつの目をこ っちに向けている。明らかに赤ちゃんのハートをがっちりつかんだようだ。ママが、そっちへ向か ってバギーを押し始め、次第にたこと赤ちゃんの距離が縮まっていく。「あっ、あっ、ああっ、あっ」。 もう赤ちゃんの興奮は最高潮。「かわいいの? そう、そんなにたこさん、かわいいの?」ママも嬉 しそうだ。

 いや、かわいいとかじゃない。今世界は、彼女とタコのふたりだけだ。

 よく見れば、こっちのタコは、輪郭がきっぱり丸く、そしてその丸の中心に、くりくり目玉。こ の目玉が白丸の中に黒点のあるいわゆる完全なおっぱいバランスを保った形をしている。そして、 極めてシンプル。余計なものがない。赤ちゃん絵本の法則とおんなじだ。

 大人はあれもそれもこれもどれも「タコだ」と認識したうえで「よくできてるわ」「ちょっと残念」 と評価する。でも、赤ちゃんにとっては、ひとつずつ、だ。一つずつをはじめましてで認識してい く。だから、駅構内のタコと、駅花壇のタコは、「両方ともタコ」ではないのだ。出来栄えの問題で はない。そうやって考えると、世界はなんて新鮮で驚きの連続であることか。でもそんな赤ちゃん も、やがて動くものをみな「わんわん」と名付けたり、紙の上に描かれたいろんな動物の絵を動物 だと認識できるようになっていく。この過程は素晴らしい発達の過程ともとらえられるが、ひとつ まるごとの世界を捨てていく道のりでもある。赤ちゃんは未熟でまだいろんなことがわからないか ら、と勘違いして、絵本を創る側があたりまえのようにデフォルメしたかわいらしい絵をベースに してしまうこと、ちょっと立ちどまって考えてみてもいいんじゃないか...赤ちゃんと「あっ、あー! ともだち」の上に降り注ぐ秋の光を眺めながら、そんなことを思いました。

   




村中李衣


















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