2019.10.

「よべばこたえるうれしさよ♪」


 毎月、図書館主催の絵本出前講座を山陽小野田市内どこかの幼稚園・保育園で行っているのだが、 どこを訪ねても、それぞれの園らしい伸びやかな子どもたちの姿にほれぼれする。読みあう絵本は 同じでも、行く先々で新しい絵本読みの姿に遭遇するのだ。楽しすぎてやめられない。

 先月は、H 保育園に出かけた。1 歳さんから 5 歳・6 歳さんまで、ずらりと横に並んで、何か面白 いこと始まるんじゃないかと好奇心いっぱいの目・目・目。いざ読み始めると H 保育園の子どもた ちは、耳に入ってきたことばをそのまますぐ自分でも繰り返してこちらに返してくれる。こちらが 「はいどうぞ」と合図を出さなくても、ごくごく自然に私の声と自分たちの声を重ね合わせて楽し そうだ。その声の流れが、まだおしゃべりが自由でない 1 歳さんのところまで響き渡っていく感じ。 ならばと、最後に「YO! YES」という英語の絵本を読んでみることにした。道ですれ違う二人の少 年。ひとりがうつむいて元気なさそうにしているのを見て、もう片方の少年が声をかける。YO! と かHEY!とか、YOU! とか,短く屈託ない感じで。「ねえ」「ねえってば」「ちょい、きいてんの?」と いったところだろうか。急に声をかけられた少年は、Yes? Who? Me? と小さく返事。「え?」「だ、 だれです?」「ぼ、ぼくのことですか?」とおじけづいている風だ。会場に来ていた図書館長を前に 呼び出し、絵本の中の元気のない少年のように私の前を通り過ぎてもらった。

 そこで私が YO!と声かけ。すると、会場の子どもたちも一斉に、館長さんのほうを向いて YO!。館 長さんが小さな声でYes? 私が右手を突き上げてHEY! すると子どもたちも右手を挙げてHEY! 館長さん、会場中の子どもたちを見渡してささやくように Who? 私と子どもたちがほぼ同時に館長さんを指さして You!

 おわかりだろうか?館長さん扮する一人の少年をほっとけなくて、かかわりを持とうと声をかけ ているのは、絵本の中の元気な少年になりきった会場中の子どもたち全員になっていったのだ。最 初はやれやれとんだ役が回ってきたと元気のなかった館長さんも、みんなの声の励ましを受けて、 いつのまにか、絵本の中の少年を演じているのでなく、その場にいる子どもたち全員と友達になっ ていく道のりを歩きだしたのだ。

 絵本の後半、少年はうつむいたまま No Friends とつぶやく。ここだけ、小さな声で「ともだちが いないんだって」と私は子どもたちに伝えてみた。すると、めくった次のページに描かれていた OH! のことばを子どもたちは、心底自分に引き寄せ「おー」と言った。その「おー」の声を聴いたとき、 私は胸が熱くなった。よかったね、館長さん、もうひとりじゃないね、「おー」といってくれたこの 子たちはもう、きみのともだちだよ、と思った。絵本の中の物語がすうーっと読み手側に引き渡さ れていく瞬間を目の当たりにした思いだった。

 子どもたちと本の世界を結びつけるためにとあれこれ仕掛けを工夫することも、悪くない。でも、 こんな風に、子どもたち自身の物語世界を手繰り寄せる力を信じてみることも大事なのではないだ ろうか。

 園の門を出ようとしたとき、ベランダで遊んでいた女の子が館長さんに声をかけた。 「どこへ帰るん? 今からアフリカに帰るん?」

   




村中李衣


















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