2019.9.

「物語を生きる力」


 アンソニー・ブラウンの研究をしている学生が、子どもたちと実際に読みあってみたいというの で、昨日山陽小野田市の焼野保育園にお願いして、5 歳の子どもたち 25 名といっしょにその場をも らった。読みあった絵本は『すきですゴリラ』(あかね書房)と、『かわっちゃうの?』(評論社)の 2 冊。『すきですゴリラ』は、お父さんと二人暮らしと思われる少女の寂しい日常が、真夜中に枕元 にやってきた一匹のゴリラの登場で、ふしぎな夜の冒険へと誘われる。ポストモダンの旗手といわ れるアンソニー・ブラウンの絵の中には、たくさんの奥行きある謎やメッセージが潜んでいる。重 要なモチーフでもあるゴリラの存在は、少女が読みふけっている本の表紙にも、壁にかけられた絵 にも、コーンフレークの箱にも、いろんな場所に隠れていて、それを見開き場面ごとに見つけてい くことが少女のお父さんを想う気持ちを手繰り寄せる手がかりとなる。さて、果たしてこの複雑な 絵のメッセージを 5 歳の子どもたちが感じ取ることが出来るだろうか。そして、『かわっちゃうの?』 は、表紙からずっと、身の回りのモノが徐々に生き物へと変貌していく不可思議な絵が続いていく。 こちらは、はっきりとした筋があるわけでなく、見開き画面ごとに発見の楽しみを積み上げていく 仕組みで、これまた果たして子どもたちがついて来れるのだろうかと半信半疑だった。

 「今日は岡山から、みなさんがとっても上手に絵本を読んでくれると聞いてやってきました。絵 をようくみて、いっしょにたのしんでください」と学生が語りかけると、「よおし、まかせんさい」 というような、こっくん。先に読み始めた『すきですゴリラ』は、しばらくの間、物語は静かに進 んでいく。気合を入れて絵本に向かった子どもたちもどんなスタンスで物語についていけばよいの か迷っている風だったが、ベッドのそばにゴリラがやってくる、つまりファンタジーの入り口から、 ぐぐっと作品に引き込まれた。後ろから見ていても、子どもたちの背中からその好奇心が伝わって くる。そして、ラストが近づきお父さんのポケットにバナナが突っ込まれているのを発見した子ど もが「ああっつ、ゴリラじゃ!」。その叫び声にみんなこの作品のど真ん中に入り込んだ。ほおっと、 子どもたちのため息。もうみんな足の先から頭のてっぺんまでファンタジー世界の住人。そのまま 『かわっちゃうの?』になだれこんでいく。こうなるともう、子どもたちと本の世界に何の壁もな し。次から次へと「ふしぎ」を見つけ出し、絵本読みの空間が丸ごと変身空間へ。ところが、場面 が進みすべてのふしぎが、生まれたばかりの妹の登場で、いのちの始まりの見えない儀式へ収束さ れる場面に至ると、(あぁそうだったのか)とでもいうように、すうっと心を静めていくのがわかっ た。理屈にすれば何が「あぁそうだった」のかはさっぱりわからないのだけれど、それでも確実に 子どもたちは何かを了解した。その姿は神聖ですらあった。

  アンソニー・ブラウンの本は、古典的な起承転結の物語を好む人々には「よくわからない」とい うだけで遠ざけられたりもする。けれど、今回の子どもたちの読みを見せてもらってよくわかった。 ファンタジー世界へ入っていくまでと、入ってから後の子どもたちの心の動きにアンソニーの作品 は見事に寄り添っている。この寄り添いあいから生まれる喜びを大切にしたいと、本の手渡してと して心から思った出来事だった。

   




村中李衣


















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