2019.3.

「ばけばけに化けた一夜」


 ひっさしぶりに、こどもの広場で、わいわい過ごした。那須正幹さんの『ばけばけ』(ポプラ社)のおかげである。お正月にこの本を読んで、その語り口の軽妙さに、これは「ストーリ ーテリングの要素を持った本だ」と思った。思ったら語ってみたくなった。語るなら、相棒の 老年男性は山陽小野田市立図書館館長山本安彦さんに。恋女房に化けて主人公の心をざわつか せるタヌキはこどもの広場主催の横山眞佐子さんにやってもらおう。思いついたらその時に! 勢いのまま那須さんにお電話し上演許可をお願いしたら「なんのことかよくわからんが、まあ ええよ」。「・・・というわけで那須さんの許可が下りたからよろしくね!」と言ったら山本さ んも横山さんも「はああ???」。結局 3 月 4 日当日まで何の練習もなく、一夜の突撃「ばけ ばけライブ」となった。『ばけばけ』をまだお読みでない方のために簡単にあらすじをお話し しますと、5 年前に突然連れ合いを亡くした主人公が、さみしさをまぎらわせるために毎夕公 園に行って、仲間といっしょにたぬきに餌をやることから事件は起こる。毎夜腹いっぱい食べ させてやっているんだからたまには気の利いたことのひとつもやってみろとグラビア写真を 見せたら、タヌキがその写真そっくりに化けて見せる。これをきっかけに、タヌキは主人公の 妻そっくりに化け、ひとりと一匹の甘く懐かしい生活が呼び戻される。その後、那須さんお得 意のずっこけたエピソードが次々に展開されていく。そのエピソードの断片ひとつひとつに、 いきていくことのおかしみや哀しみがじんわりひろがっていて、飽きることがない。大人の小 説の基本であるような定点にて深く感情のひだを広げて見せるというようなことはない。はは あん次はこう来るかという読者の軽い予測を無駄にせず拾い上げるようにしてなおもその先 へ誘う。この那須文体は、子どもの文学と一つながりだ。もうこれを自分の声に載せて語り出 すのが嬉しくて嬉しくてどんどん口が滑る。それを「あらんいやだわん?あなた、それはいい すぎよん」と横山タヌキが膝に乗って諫める。ひとつおいて、友人役の山本くんがぼんやり成 り行きを見守る。そしてそして、「あるある、そういうことは人生にままある」と全て受け止 めうなずいてくれる聞き手のなんと寛容であったことか。その場に居合わせた誰もが、自分の 人生の鏡に「ばけばけの夜」を映し出し、それを自分の両手で抱きしめているようなおおらか な情が会場の中に流れていた。

 セリフ回しも細かな設定も途中から怪しくなっていったが、どうせみんな忘れっぽうなっと るんじゃし、怪しいのは『ばけばけ』やからしかたなかろうと、なんでもかんでも大笑い。こ んな不思議なおたのしみがあるんだと、大いに励まされた。きっちりしっかりぴったりだけが いいわけじゃないやと...。

 爆笑のあとは、那須文学の根底に流れる大衆への愛と信頼のまなざしについて、みんな真剣 に語り合った。これがまた、どれもこれも素晴らしかった。みんなの心の中に奪われない物語 の自由が息づいていることを知り、山口県ってすごいと思った。そして、その種をちゃんと蒔き続けてきてくださった那須さんにも心から感謝した。この後に続きたいなぁ?と思うけど、 あんたの書くもんはみな暗いけえだめじゃ、ときっぱり言われるんだろうな。

 


村中李衣


















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