2018.6.

「わたしはそうは思わないの」


 地元山陽小野田市の図書館は、とっても元気。朝開館前にエントランスに並ぶ人たちの姿をみて も、「さ、ここからきょうという日をはじめるぞ」の前向きな力が伝わってくる。そして、扉があく と、毎日何かしら新しい<とっておきのようこそきょうここへ>が待ってくれている。街の人たち を受けとめる図書館ってこういうんだよなぁ?、と訪れるたびに嬉しくなる。さて、そんな図書館 がずうっと続けてくれている講座が「わいわい講座」である。絵本や子どもの本に関わる話題を中 心にみんなで、いろんなことを考え話し合う場だ。

 昨日は、たまたま他の講座と間違えてうっかり参加してしまったという男性。遠く光市からやっ てきてくださった女性。それに十数年前の卒業生など、いつもよりワクワク感の増した集まりとな った。そこでまず、全米で大ヒットし、日本でもマスコミに紹介されるなどして人気を博している 『えがないえほん』(早川書房)をどう読むか、という話題が提供された。この絵本には、日ごろ大 人が口にすることのない子どもの好きそうな「ぶりぶりぶぅ?」とか「おしりブーブー」という言 葉を間断なく挟みこんでくるし、途中で「もう読まなくていい?」というような子どもが「ダメ!」 と叫ぶことを見込んだ誘導的な心理作戦も展開される。そして、読み聞かせに自信のないあなたで も必ず子どもに受けるから大丈夫!と本の裏表紙にまで読み手への応援メッセージが刻まれている。

 ではさっそくと、声に出して読んでみた。するとすぐに、目と耳を傾けてくれている人たちと自 分がちゃんと向き合っていないようないや?なすれ違い感を感じた。それはひとつには、この本に 書かれている「語りかけのことば」が、読み手に向けてのものなのか、聴いている人たちに向けて のものなのか曖昧かつ混同してしまっていることに原因がありそうだ。「書いてあることは全部読ま なきゃダメ」というのは、本の側から読み手に出された指示のようだが、「もう読まなくていい?」 は明らかに読み手から聴き手に向けられた語りだ。でも、そんな文章の構造なんか、子どもたちに はどうでもいいことで、面白ければ笑っちゃうんだろうな。それでいい・・・のかな?と諦めに似 た気持ちで読んでいたら、いつもこの講座に参加してくれている小学校5年生のKちゃんがにこり ともせずに、じいっと私の顔をみつめている。読後の大人の感想は「子どもは喜ぶんでしょうねえ」 が大半だった。ところが、Kちゃんの感想は違っていた。「私はそうは思いません」。みんなドキっ とした。「なんか、バカにされているような感じがしました」と彼女はきっぱり言った。実は、通っ ている小学校の読み聞かせの時間にこの絵本が紹介され、大笑いしている男の子もいたけれど、な にがおもしろいのかわからなかった。今日もう一度見て、この絵本を創った人が、こう言えば子ど もは笑うでしょ、みたいに計算しているのが私には面白くなかったんだな、とわかってすっきりし た、としっかりした声で言ってくれた。お腹を抱えて笑った子を見下すでなく、否定するのでもな く、「あぁ、私はそういうのが嫌なんだ」という自分に対する気づきを告げた彼女に頭が下がった。 こういうそれぞれの学びを支える講座を続けてくれている山陽小野田の図書館にも頭が下がった。 サイエンスカフェだと思って参加された紳士も、「ここにも生きたサイエンスがありました」と深い お辞儀をされました。よかった。

 


村中李衣


















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