2015.07.

「声のびのび」


 岡山の学生といっしょに、街へ絵本読みに出かけることになった。
久しぶりだ。

 赤ちゃんと「オノマトペ」絵本の関係を調べている学生。
巷に出回っている赤ちゃん絵本の中にどんなオノマトペがどんな頻度で使用されているかを根気よく調べてきた。
せっかくだから、実際にいろんな赤ちゃんと読みあってみた方がいいねということで、日ごろお世話になっているおいしいお弁当やさんの2階で、生後10か月の赤ちゃんSくんとお母さんに学生の絵本読みを聴いてもらうことになった。
このお弁当やさんは、発達の難しい問題を抱えるお子さんやおかあさんたちが集いあう居場所にもなっている。
今回は、赤ちゃんとお母さんだけでなく、見学者も10人くらいいた。

 この日まで、読みあいに使う絵本たち(『まり』『んぐまーま』『にゅるぺろりん』『はいくないきもの』『りんごがころん』)を繰り返し声を出して読み重ねていた学生だが、想像以上に観客の多いシチュエーションにすっかり緊張。
その緊張を解いてくれたのはほかでもないSくんだった。
これまでほとんど絵本の読み聞かせはやってこなかったというお母さんのことばをしり目に、Sくんは、興味のままに絵本にかぶりつき、学生の声を気持ちよさそうに聴いている。
そのうち、学生の声に合わせて体を伸び縮みさせたりコロンと転がったり本を自分のほうへ引き寄せたり。
その素直でのびやかな絵本の楽しみ方を前にして、学生の声のこわばりが少しずつ解けていく。
そのこわばりの解け方が、絵本によって異なっていることがとてもおもしろかった。
『まり』や『りんごがころん』は、モノがくっきり描かれているので、その「モノ」を認識しようとSくんがかなり積極的に前へ出てくる。
すると、学生の声も歯切れよく弾むように前へ向けて押し出される。
『にゅるぺろりん』は、絵も音の流れも緩やかで緩急がないので、学生の肩も背中も身体全体がなめらかに、そして声の出し方も横に流れるような感じになってくる。
Sくんはマットの上に腹ばいで絵本の方を向く気配がない。
絵本も学生の読みの声も、風のようにSくんのまわりをなでていく。

 そして、『んぐまーま』。
この絵本は、言葉による意味の提示を放棄した無意味綴りと抽象性の高い絵でできているので<意味のあるなし>にこだわらない1歳未満の赤ちゃんにはこれまで、それほど強烈な結びつきをみることがなかった。
1歳を越えて<意味のあるなし>がわかってくるととてもおもしろがるのだけれど。
ところが、今回は様子が違った。
音の連なりを身体でかぎわけ、それにあわせて自分を自由に遊ばせるような読みをSくんは、何度も繰り返した。
そしてそれは読みに挑戦した学生もまったく同じだった。
研究室でいっしょうけんめい楽しげに読む練習をしていたときとは違い、「Sくんの身体」と「絵本の中に潜む音の連なりの身体性」に自分の声を響きあわせながら読めていた。
この「響きあわせ」が実は赤ちゃんとの絵本読みにいちばん重要なのではないか。
何が描かれているか、どんな言葉が選ばれているかでなく、そのことによって読み手と読者の身体がどう響きあうのかに注目してみると、新しい読みの風景がみえてくる。

 しばらく本棚に眠らせていた絵本たちをそんな風景の中に連れ出したくなった梅雨の晴れ間の一日でした。



村中李衣















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