2014.10.

「あぶらかたぶら」


 近所のガソリンスタンドがセルフに変わった。

 できるならこれまでと変わらず誰かに頼んで入れてもらいたいが、そうわがままも言えない。

 恐る恐る機械で指示されるとおりに、車の給油口にノズルの先を差し込む。

 あたりまえのようにゴブゴブとガソリンは私の車の中に入っていく。

 フ〜〜ンと感心しながらながめていると、カシャンと音がして、注入終了。

 意外に簡単ねと、ノズルの先っぽを元の場所に戻そうとしたのだが、あらら?うまくはまらないわ・・・ということで、顔に近づけギュッとレバーを握り返した。

 その瞬間、バッシャーンと、すごい水しぶき、じゃない、油しぶきが頭から顔から腕、胸・・・信じがたい出来事だった。

 すぐにノズルを放り出せばいいものを、咄嗟に(床に置いたらこの油に引火するんじゃないか)という不安が頭をよぎり、結局レバーを握ったままじゃぶじゃぶとガソリンを浴び通し。
ようやくなんとか機械にセットし直しやれやれと思うまもなく、ものすごい痛みが目と頭と顔の皮膚を襲った。
ギャギャーと叫びながらガソリンスタンド内の事務室に飛び込んで、
「いたいです、いたいです。せんめんじょ、水、水、水!」

 私の動転ぶりに、事務室にいたおじさんは驚いて、
「どうしましたか?」

 どうしたじゃないだろ!と思いながら
「灯油をかぶっちゃったんです!」と答えた。

 慌てていたので、ガソリンを灯油と言ってしまった。
するとおじさん、何を考えたのか、
「落ち着いてください。なぜ灯油なんかかぶろうとしたんですか?」

 明らかに私を責め諭す声だった。
はぁ?誰が好き好んでかぶろうとなんかするもんか。

 結局手探りでなだれ込んだ洗面所でひたすら水洗い。
いやぁ、水と油とはよく言ったもんだわ。
落ちない落ちない、痛みも取れない取れない・・・
こりゃぁ、私には灯油かぶって自殺なんてことはできないわ。
火をつける前に痛みでパニック・・・と心の中でつぶやいてから、
あれ? わたしがかぶったのって、灯油だっけ??
それでさっきのおじさんの反応の理由がぼんやりわかってきた。
ぐしゃぐしゃの顔で振り向くと、おじさんはずうっと心配そうにそこに立っていた。
「少し落ち着かれましたか? わたしでよければ、話を聞きます」

 なんとも労わりに満ちたやさしい声かけ。
話は聞かなくていいから、ガソリンのちゃんとした入れ方を教えてちょうだいな! 

 という訳で、翌日もその翌日もガソリン臭を漂わせながら、言葉の言い間違いで他人のシンパシーの寄せどころがこんなにも違ってくるのかと、しみじみ感じ入りながら過ごしました。
みなさんもくれぐれもご用心・・・って、こんなおまぬけ、私しかいないか。



村中李衣













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