2013.10.

「そっちへいたらあぶないよ」


 何週間ぶりだろう。ぽっかり予定の空いた土曜日。
お天気は上々。
風さらさらと気持ちいい。
去年購入した広い広い果樹園の裏山に登れば、栗がぼろんぼろん落っこちているはずだ。

「ねぇ、栗拾いに来ない?」
たぶん忙しくて無理だろうなと思いつつ友達の真佐子さんにメールすると
「行く行く!」と明るいお返事。

 ふたりいっしょに完全オフの日なんてそうめったにあるもんじゃない。
嬉しくてぴょんぴょん跳ねながら、まずは、果樹園を一回り。

「今年は、ブドウの袋かけが間に合わんかったんよ。やっぱり手間を惜しんだらだめやねぇ」とブドウ棚の下をくぐりながら、いっぱしにオーナー気取りのおしゃべり。

「ブドウはだめやったけど、キウイはいっぱいなってるよ。ほらあっち」と指さしながら進む私に真佐子さんが突然「気をつけて!」

 え?なに?と足を止めると、目の前に銀色に輝く立派なクモの巣。

 わ、あぶなかったわ、とその巣を手で払おうとした瞬間、真佐子さんがしゅっと、私の手をつかんで、言った。
「あぶない! ほらそこ! クモがせっかく張った巣があるんだから」

 ほんと、当たり前みたいに言ったのよ。

「それにしてもほんと、きれぇ〜に作ったもんよねぇ。クモにも器用なのとそうでないのがいるのかしらねぇ。それに見て。こいつ、食べカスは、ちゃんと、巣のこちら側にまとめてるのよ。次の獲物をうまくひっかけるために。かしこいわよねぇ。」

 ほんと、秋の陽を背中に歌うように言ったのよ。

 それで私は、ほんとだぁと口ではなんでもなさげに言ったけど、実はものすごく自分が恥ずかしかった。
私にとって「気をつけて」は、クモの巣にひっかからないように気をつけてであって、クモの巣を壊さないように気をつけて、ではなかった。
「あぶない」のは、自分であってクモではなかった。

 自然界のいろんな生き物たちと共存する生き方を学ぶはずの場所で、人間サマのお通りだい!と両腕振り上げていた自分に気づかせてもらった。

 お目当ての栗は、イノシシ連中にそりゃぁもうあきれるほど大量に食べられていたけれど、さっきの「あぶない!」が耳にも心にも残っていた私は、秋のお裾分けだね、とえらく寛容でいられました。




『きゃああああああああ クモだ!』
リディア・モンクス 作 / まつかわまゆみ 訳
評論社 1680円



村中李衣













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