2013.07.

「ちいさいワールド」


 まもなく閉園ときいて、熊本にある<ウルトラマンランド>に行ってきた。

 途中高速道路の渋滞もあって、3時間近くかかった。
いいかげん着いてほしいとぼやきが出始めたとき、砂埃の舞う砂利道のわきになにやら人影らしきものが見えてきた。
「パン・弁当」と記されたコンビニ案内の看板の上に、ちょこんとウルトラマン。運転していた連れ合いが「ちっさぁ」とつぶやいた。

 いっしょにウルトラマンランドへ向かう卒業生のMくんは、落ち着きを失わず「だいじょうぶです。彼はただの案内役ですから」とつぶやいた。
ウルトラマン検定1級を持つ彼は、「ウルトラマンになるためには」というシリーズ全作品を解読しての卒論を書いた、筋金入りのウルトラマンファン。
ウルトラマンランドにももう何度も足を運んでいるらしい。

 さて、ほんものの会場に着くと、ウルトラマンとの別れを惜しむ人々で、テントは大入り満員。
そう、そこは、サーカス小屋か即席イベント会場のようなクーラーもないでっかいテントだったのだ。
入口は半開きで、汗を拭き拭きスタッフのおねえさんが「ようこそウルトラマンランドへ」と挨拶してくれる。
中に入ると、頭上に大きな扇風機が4台、BOON BOONと回っている。
この4台が、テントの冷却機能のすべて。
あとは、サイン用に400円で購入したウルトラマン色紙を各自がパタパタと仰ぐのみ。
とにかく異常にテンションの高くなり走り回る子どもたちの飛び散る汗と、だぼついた身体をフロアに投げ出しわが子を追いかける元気ももはやない大人の吐くだれた息で、空気はよどみまくり。
ステージショーが始まる前にもう私は気絶寸前。
「だいじょうぶですか? 3ステージありますからね。しっかりしてください。」
ハヤタ隊員ならぬM君が私に喝を入れる。
「ほら、ステージの書き割りの岩、色が変わってきたでしょう。あそこから、怪獣がでてきますよ。目印のための合図です!」
彼の的確なガイドで、遠のきそうな意識は何度もウルトラマンステージに連れ戻される。
そして、いざステージの幕開け!

 これが、息を呑むほどに素晴らしかった。
ステージは開演数分前にスタッフが手で爆竹をしかけたテープを舞台前方に張っていくなど家内工業的しつらえなのだが、怪獣やウルトラマンたちの動きは圧倒的だ。
使用している特撮用スーツはみな円谷プロの本物。
戦っている! 戦っている!
スーツの隙間から流れ出る汗が雨だれのように落ちる。
スーツの足元にたまった汗は床に茶色い足跡をつくる。
それでも、戦っている! 転がる。ジャンプする。すべる!!
手抜きはしない、すべての戦いが終わるまで!

 するとどうだ。
ウルトラマンのがんばりに連れて、そのエネルギーががっしりとちいさい人たちの体にチャージされていく。
ステージとステージの間に、さっきまでくちゃくちゃしていたのに、振り向き方、立ち上がり方、歩き方、ひとつひとつがシャッキーン。
ところが、ステージ盛り上げに心を奪われているスタッフのおねえさんには、ちいさいひとたちがひそかに「おとな」になっていることに気づかない。
「は〜〜い、おともだち、みんなでココロをヒトツにしてウルトラマンをおうえんしましょうねぇ!」と甘い声で叫ぶ。
すると、「へ、何言ってる?」とちいさい「おとな」たちの、いぶかしげな表情。
おれたちゃ、とうにココロはひとつだぜ。
思い切り「おこちゃま」に向けて語りかけたおねぇさんだが、そこにはもう「おこちゃま」はいない。
どこにも回収されない甘甘のことばは、宙に浮き、やがて怪獣たちのアクションの波に揉まれて消えた。

 子どもは既知の領野が大人より狭いだけで、その狭いながらにくっきりとした世界では大人よりはるかに「おとな」だ。
そして、その領域では、大人はどうふるまえばよいかわからず、仮想の「子ども」に無理してすり寄ろうとすると、受け入れられず、宙づりになる。
そして表面では笑顔を繕いながら心の中でたぶん、毒づくのだ。
(このくそガキ!かわいくない!)。
たぶん、このおねえさんは、子どもの事が大嫌いだろうな。

 まぁいろいろ考えることもあったが、ステージは大歓声の中で無事終了した。

 みんなといっしょに、サインの行列に並んだ後、隊長役のイケメンお兄さんと少しだけ話ができた。
彼らは劇団員でもスポーツ選手でもなく、このウルトラマンランドに現地採用されてから全てを学んだのだという。
「閉園後は?」と聞くと「何も決まっていません」。
それでも「ウルトラマンに教わったことはたくさんある。最後まで突っ走ります」と彼方を見据えてつぶやいた。
テーマパークの衰退は時代の象徴。
「終わる」ことを感傷の対象と捉え、別れのセレモニーとしてその場に集う私を含めた大衆の無責任さ。
こんな時代を恨むことなく走り抜けるウルトラマンに拍手の代わりに頭を下げるしかない私だった。
隣でM君が「仕方ありません正義の味方ですから」。


ヒーローと言えば…

『行け!シュバットマン』
村中李衣 作 / 堀川真 絵
福音館書店 1260円




村中李衣













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