2011.09.

「どこからでも、歩き出せる」


 9月はじめから、タイに出かけてきました。

 バンコクで唯一児童分学科を有する国立大学で、絵本と子どもの関係、そこに介在するさまざまな教育的配慮や大人のまなざしについて語りあいました。

 日曜日だというのに大勢の学生達が朝早くから集まり、実に熱心で鋭い議論が交わされました。
出版関係の仕事に就きたい人も、作家を志す人も、児童教育に携わろうとしている人も、研究者志望の人も、学べる大学がここしかないということで、よくも悪くもすべての新しい情報や発信がここから生まれていくのだ、という実感が確かにありました。
日本のように、大学なんかとは関係のない所からいろんな児童文学関係の人材が飛び出してくることはまずないのだそうです。

 さて、夢中で過ごした大学での時間の終わりに、なんだか鼻の奥がむずむず。
そのうちくしゃみがとまらなくなり、頭がぼ〜っとしてきて、気がつけば、救急病院のベッドの上におりました。
どうやら、キャンパスの増築工事に使われていた何らかの化学物質に過剰反応したらしいです。

 まぁ、翌朝目を開けてびっくりしたのなんの。
そこは、立派な病院の超立派な病室でありました。
花粉の飛ばない美しい花が活けてあり、床も壁もベッドもぴっかぴか。
マットレスはテンピュールで、朝食からこなれの良い日本食が薄味調理で、登場です。
このあとどんな治療予定かが、早々と説明され、旅の日程とのすり合わせも迅速に行ってもらえました。
付き添っていた娘は「てっきり冷たい廊下で、一夜を物憂げに過ごさなきゃならないんだろうと覚悟してたのにふぁふぁのソファーに毛布まで出してもらって爆睡できた」と感激していました。
早朝から病院内のカフェテリアもスターバックスも利用できるし、患者さんの家族のためのレジデンスも付設されているし、待合室はホテルのロビー並み、ショッピングモールもあって、病院に来た帰りに買い物ができます。
緊急入院セットなるものも用意されていて、何一つ不自由がありませんでした。

 ちなみに、入院患者用に宗教別「お祈り」のデリバリーまでありました。

(こりゃぁ、お金持ちだけが享受できる贅沢病院だよなぁ〜経営に逼迫した地域の病院じゃこうはいかないわよねぇ。)
とぼんやり考えていたら、なぜか私の心を見透かしたように、指の長い美しい看護師さんが脈をはかりながら、耳元でつぶやきました。
「でも、どんな場所でもここから学べるものはあるはずです。」

 彼女はミャンマー近くの貧しい村から研修に来ているとのことでした。

 正直ハッとしました。
どこからでも学べる。
そうだ、せっかくの入院体験。
私もホスピタリティの真髄を学んで帰らねばと、目が覚めた気がしました。


村中李衣













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