2015.12.

「本」

 数週間前朝起きたら声が出なくなっていた。
無理に出そうとすると裏返ったへんてこな音になる。
次の日から立て続けにしゃべらなくてはいけない仕事が入っていて、いつもは病気に対して不真面目な対応の私もあせって、耳鼻科に駆け込んだ。
「明日声が出るようにしてください!」出ない声で喋る私に「無理ですね。沈黙療法しか。」と気の毒そうに先生。
そうだよね。でも困った。

 初めて伺う小学校でのブックトーク。
高性能のマイクを用意してくださったけど、出ないものは出ない。
謝りながらヒソヒソ声で喋る私を見つめる子どもたち。
「耳を澄ます」というときの人間の美しい有り様を見せてもらった。
一年生も六年生も全員が私にヒタと目を向け、小さな声を聞いてくれようとする。
声というより、私が握りしめている一冊の本からこぼれ出るものを拾ってあげようとするようだった。

 本を紹介するブックトークをしていると物語の言葉の力をひしひしと感じる。
本の中に描かれている人物や場所、事件が言葉で説明されるやいなや、子どもたちがその少しの言葉を手がかりにそれぞれの想像を膨らまし始める。
目の前にいる子どもたちの頭の中にどんな森が浮かんでいるのか、どんな妖怪がうごめいているのか。
真っ暗な森や妖怪にそくされて本のページをめくりはじめる。

 そして心というような目に見えないものを友達が持っている事に気がつく。
過ぎ去った過去の出来事なのに、自分のことのように体験できる。

 2015年が終わりかけて、今年亡くなった大切な人たちの事が浮かぶ。
もう二度と目の前で話をする事は出来ない。
笑ってもらう事もない。
がんばれと肩を押してもらう事もない。
でもその人たちの志は本というかたちで残されている。

 あの黒めがねでいつも格好よかった野坂昭如さんも12月9日に逝かれた。
「こどもの広場」を開店させて間もない頃、私たち子どもの本屋の開いた「教育を拓くシンポジューム」に講師として来て頂いたことがあった。
「ボクは8月15日にこだわりつづける。」と言われてグイとウイスキーを飲まれたことを忘れない。

 沈黙ではなく、小さな声でも来年も伝えたいことを持ち続けようと「戦争童話集」を手にとった。


「戦争童話集」

野坂昭如 作

中公文庫
¥514+税




横山眞佐子











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