2012.02.

「未来へ」


 3月25日まで下関市立美術館で「アストリッド・リンドグレーン展」が開かれている。
子どもの本の関係者で知らない人はいない名作「長くつしたのピッピ」の作者。
彼女のたくさんの本の中に描かれる多彩な子どもたちは、常に子どもの読者から熱狂的な支持を得、その人の子ども時代が魔法のように戻って大人からは共感を得る。
そんな本ですが、とにかく登場する子どもたちはよく遊ぶ。
今のようにおもちゃや整備された遊び場があるわけではなく、子どもたちの想像力から作られたとんでもない遊びが描かれている。
ところがその遊びはすべてリンドグレーン自身が子ども時代体験したこと。
「遊び死にしなかったのが不思議なくらい」と語っている。
作家の作品に書かれていることはその人の創造力によるものだけれど、根っこのところにその人の子ども時代の経験があるのかもしれない。

 話題の芥川賞作家、田中慎弥さん。下関出身。
それだけでなんだかうれしく思いながら作品を読み、彼の子ども時代の遊びを想像した。
町中を流れる汚い川。
これは「田中川」だな。
その川で捕まえた大うなぎ。
そこで驚いた。
息子が小学生の頃田中川で夢中になっていたうなぎ。
「おばさん」と名前をつけられて、子どもたちの話題になっていた。
ほぼ同じ時代を同じ場所で過ごした子どもの頃の経験が一人の作家によって小さな一片になって物語を形づくる。
たくさんの人が経験したかもしれないことを、物語の中で再び追体験させられることが、共感を呼ぶ。

 「言葉」とか「理解」とかとはまだまだ遠い赤ちゃん。
「子ども時代」よりもっと前の「赤ちゃん時代」の本でも、やはりヒトの感受性を忘れずに持ち合わせた作家の作品がある。
「ごろごろ にゃーん ごろごろ にゃーん」
「ごぶ ごぶ ごぼ ごぼ」。

 誰かの経験をそのままではなく、さらに深く膨らませて手渡す。
それが本。
一冊の大切な物語。
自分の大切な本を紹介することもまた「私の大切なこと」を未来へ手渡すことではないか。


横山眞佐子












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