2020.3.



 ため息の出る三月だった。マイブックという一日一ページの日記を読み返してみても余 り良いことを書いていない。どうしようもないことが起こった時に不安になり、世を憂え、 何ができるだろうかと悩み、今後を見据え考えたり無理矢理気持ちを切り替えようとして も中々前向きになれない。と書いたところでママが「パパ見てん。このほうれん草、一株 が無茶でかい。」と言って水洗いしたほうれん草を持ち上げてケラケラ笑った。これだもん なあ。シリアスにもなれやしない。寝ぼけ眼の旭が布団からミーアキャットのように顔を 上げてまた布団に潜った。食卓にはママのお昼のお弁当用のたまごやきやコンソメスープ、 昨夜母親から貰った炊き込みご飯やマカロニサラダが並ぶ。「はい。出来上がり。」タンと 小気味良い音を立てたお皿には湯気いっぱいのほうれん草。パソコンカタカタ。お料理ト ントン。子どもはスヤスヤ。♪カタカタ♪トントン♪スヤスヤと朝の交響曲に包まれた室 内に汽笛が鳴り響いた。「ボーっと生きてんじゃねーよ」と私には聞こえた。

 「おはよう」と言ってやおら起きてきた旭は、手にコロコロコミックを持ってトイレに 行った。「漫画読んじゃいけんよ。」と言うママの注意を間延びした声で返す。私はストー ブの灯油が「無くなりました」と音(ね)を上げたので給油した。朝ご飯の時に、臨時休校 中のため実家に預かってもらっている旭が、昨日おじいちゃんと散歩した時に唐戸にお味 噌汁の自販機があったことを教えてくれた。美味しいの?と聞いてるママの横で私は「なん ちゃってナポリタン」を口に含むと、その話を遮るように音を立ててすすった。私のいた ずら心を感じた旭がニヤッとしたので「やってみてん」というと、旭はおんなじような音 を立てて麺を飲み込んだ。

 「あー株価また下がっとる。」TVを観ていたママが呟いた。私はケチャップのついた旭 の口が気になっていた。旭は昨日のトランプ楽しかったねと言って笑った。

 一日が始まる。それぞれのリズムで。



  
昇より





















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