2013.05.



 仕事を早く切り上げて旭を迎えに行き、その帰りに近くの田中川を歩いた。
ちょうど引き潮時で川の体をなしておらず、川底も露わにカニが壁沿いに這う姿を見かける程度。
「あっカニだ!」と旭も見つけたらしく、二人して橋の欄干から身を乗り出してカニの行方を追った。
川沿いを歩くと気持ちがいい。
両岸にお住いの方々が手入れしているのだろう。
四季折々の花も美しく、今日は玄関先に見事なアジサイが咲いているのを見かけた。
手入れの行き届いた道だが昔はきれいな川ではなかったらしい。
でも当時の子供たちの絶好の遊び場だったらしく、カニや魚やウナギなどを獲って遊んでいたそうだ。
その当時の少年たちの中に芥川賞作家の田中慎弥さんの姿もあった。

 田中さんは幼少期をこの界隈で過ごした。
芥川賞受賞作「共喰い」は、ある川沿いに住む家族が登場するが、特定こそされないもののこの川は田中川を想起させるところがある。

 先日カモンFMにお越し頂き、1時間30分のロングインタビューをさせて頂いた折にそのことを伺う機会があった。
以前番組にご出演頂いた横山さんからの質問で
「うなぎが出る件があるでしょ。
 昔、息子たちが汚いから遊んじゃダメだと言ってたのに川に入って遊んでたのよ。
 その川に大きなウナギがいてみんながそのウナギを「オバサン」って言ってたんだけど、田中さんの時も「オバサン」って言ってた?」
田中さんは「はい、そうです。オバサンと言ってました。」と答えた。
「潮が引くと決まって同じ岸壁に隠れて、僕たちが見つけるんです。
 メスとは断定できませんが何故かオバサンと呼んでました。」

 高校卒業後一度も職に就いていない経歴や昨年の芥川賞受賞後のつっけんどんな記者会見による先入観も相まって好奇の眼に晒され一躍「時の人」となったが、ご本人はいたって穏やかで私たちの質問に丁寧に答えて頂いた。

 何の変哲もない川だけど、この町から確かに作家が誕生し、故郷から物語が生まれることの喜びと、時間を超えて同じ風景を共有できる嬉しさで共感を覚えた。

「パパ、公園のブランコに乗ろう」と旭に促され夕暮れ時の田中川を後にした。
手を引っ張る旭が「ブランコでね、風を切るんだよ」と言った。
…何? その文学的なセンスは?とときめく父であったが何のことはない。
「忍玉乱太郎」の歌詞のフレーズを拝借しているだけだった。
お粗末さまで。
昇より



















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