2019.2.

「まあよしとするか」


 小・中・高校まで同じ学校で過ごしたKが、今年で勤めている小学校を退職するから最後に子どもたちに話をしてよと連絡してきた。彼が懐かしそうに話しかけてくる声を聴きながら、澱んでいた暗い記憶が押し流されていくような不思議な思いに包まれた。で、当時を知る女友だちにその話をしたら「へぇ?、あのKがねえ」と感慨深げ。昔の彼は何をしでかすか分からないお調子者で、まさか教育職につくなど誰にも想像つかなかったからだ。結局彼女たちもこれは見ものだぞと、当日小学校まで応援に行くわという話になった。ところが、だ。肝心の講演会の打ち合わせが、一から十までとんちんかん。体育館に通常の授業枠が終わったところで 1年生から6年生まで集めて1時間話す? 体育座りで? 保護者も集まる? 全部で600人近くいる? 無理でしょ無理でしょ。1年生に伝えたい話と6年生に伝えたい話はぜんぜん違うよ。しかも、午後に60 分も体育座りで話を聴かせるなんてあり得ない、と抗議すると、Kは、「そーか、申し訳ない。まことに申し訳ない」とぺこぺこ頭を下げるのみ。えー、ほんと怒るよ。いい加減にしな! と叫んではみたものの、同級というのはなかなか粘り気のある関係で、どんなに悪態をついてみても、お互いどこかでしょうがないなぁと許してしまう甘さがある。女子応援団も「そりゃ仕方ないよぉ。あのKのやることだもん。いつだっておふざけで、ちゃんとしたとこなんてみたことなかったやん」と、フォローにならないフォロー。

 さて、講演会当日。体育館に集まった子どもたち一人一人の表情を見るとやはり胸は熱くなり、精いっぱいのことをしたいとマイクを握ったのはいいが、ん? このマイクほとんど音を拾ってないぞ。仕方ない、地声を張り上げしゃべり続ける。そうだ、ここらで映像を見せよう。 檀上にセットされた実物投影機のスイッチを入れる。ん? スクリーンにはうっすらとしか絵が映らない。なんだこれなんだこれ。もう準備していたなにもかもをあきらめた。気持ちは、はだかんぼうのすっぽんぽん状態。Kたち男子のいたずらやいじめに振り回された小学校時代の話を始めた。子どもたちが身を乗り出して聴いている。「それでもね、そんなKくんたちも、私が大人になると、驚くことにやっぱり大人になっていたのです」と話すと「あったりまえやん!」とみんな大笑い。「さて大人になったKくんは、なんとあんなにいじわるをしていた私に向かって『ぼくの小学校に来てください』と電話をしてきました」というと「ええー!」と 大きな声が上がりみんな立ち上がった。「だれ?だれ?」とKくんを探し始める。「だからね、 今はあの子ちょっとやだなぁ?、と思っていても、あきらめずに大人になるのを待ってみたら、びっくりするような新しいともだちになれるかもしれませんよ」と言葉を続けると、それまで黙って椅子に座っていたKが、急に立ち上がり小学校時代そのままに、あやややぱーとおどけながらお猿のようにみんなの前に飛び出した。その姿に子どもたちは大喜びの大拍手。なんのことはない。ハチャメチャな講演会のラストシーンは、Kがいちばんおいしいところをかっさらっていってしまったのである。でも、すっとぼけた少年時代のKそのままが目の前にいて、 子どもたちと幸せそうにいるのを見たらなんか嬉しくなって怒りも消えてしまったのだから、やはり同級生とは不思議なものだ。

 


村中李衣


















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