2017.3.

「クモさん、おみそれしました」


 わが家の農園で、春となく夏となく、実にいろんな種類のクモが、それぞれ個性豊かな巣を せっせと作っている。よくみると、おしりのふり方とか、巣の上の歩き方とか、クモの種類ご とに独特のクセがある。みんな違ってみんないいとは言い難いが、それでも、雨粒や朝露をの せた巣はキラキラして、ハッとするほど美しいし、精巧な網目模様は、すぐれた設計施工士を 思わせる。ところがだ、日ごろそんな丁寧な仕事ぶりを見せるクモたちが、台風や春一番など、 風が吹き荒れる予感のする日には、ものすごく大づくりな巣を張る。いつもなら、何重にも糸 で取り囲んだ十二角形みたいな巣を作るやつが、大きな外枠だけのすかすかした巣を作ってい たりする。だからといって怠けているような感じではなく、動きはというと、だれもかれもい つもより速足で動いてせわしない。それで、私ははは?ん、と思った。(まじめなあんたたち でも、やっぱり、急ぐ時には手抜き工事をするのねえ。)(手抜き工事とはいっても、一応巣を 作るのが感心なところね。わかるわかる、台風や嵐の時にはいろんなものが飛んでくるから、 餌の捕獲にはまたとないチャンスだもんね。あんたたちのそわそわするきもち、人間といっし ょだわ)

 ところが先日、絵本作家のあべひろしさんが山陽小野田にいらしたので、この話をすると、 う?んと腕組みをして、それからゆっくりとおっしゃった。「たぶんそれは、手抜きでは、な い。考え抜いた設計だな。」

 え、どういうこと?と身を乗り出す私を前に、あべさんはだまって、二日酔い明けの水をぐ ぐっと飲みほした。

 「きちんと細かく完成させた巣は、まともに風をくらえば、円盤みたいに飛んで行っちまう。 風の吹く日には、風に逆らわず、風の抜け道を作ってやる。これが、弱い者の生きる知恵だわ な」

 あべさんは、涼しい顔で水のおかわりをして「この惑星の水はうまい」とのたもうた。

 台風が来るとなれば、慌てて窓やドアに板塀を打ち付け、風で壊されないよう必死で家を守 ろうとする私。逆に、前もうしろも巣をすっからかんに開け放つことで、風を通してやりすご すクモ。いったいどっちが、賢いんだ?

 守らないことで守る生き方もあるんだなぁとすっかり感じ入って、おとなしくなった私に向 かって、あべさんは、最後にこういった。 「これでわかったようなつもりになってはいけない。じいーっと、観察し続ける、どこまでも。 自分で。あきもせず、じ?っと追いかける。世の中の発見なんてものは、だいたい、そういう ところから生まれるもんだ」

 地球外生命体のような不思議な存在感と予知能力に満ちた言葉は、上滑りした知識で物を言 いたがる私の心にガツンと響いた。


村中李衣















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