2016.06.
「新しいわたし」
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6月は、からだが重い。雨をよけて、身体に一枚レインコートをまとうだけで、重い。雨 靴が、重い。
うんと若い時は、雨支度が、ダサく思えて嫌だった。それが、いつのまにか、機能性が一番 となりふり構わなくなり、ここに至っては、その構わなくなったなりふり自体が身体にこたえ る。
昨日も大学の階段を、立ち止まり立ち止まり昇っていたら、「あら、お久しぶり!」と、他 学科の先生に声をかけられた。
「ずいぶんお疲れのようですね」と言われ、「なにをするのもしんどくて。もうへろへろで す」と答えると、「まぁ、先生でもそうなの」と感慨深げにうなずかれた。この先生は女性史 を研究されている一つ上の美しい女性だ。
「村中先生、わたくしね、この頃、毎日新しい自分に出会っているんです。」と、天井を見 上げて彼女はさらりと言った。
「新しい自分、ですか?」
「ええ、そうなの」。それから真剣な顔で「だってね、昨日できたことが、今日はできない んですもの。昨日まで届いていた手が、今日は棚に届かない。あがった肩があがらない。見え てた文字が霞んじゃう。曲がった腰が曲がらない。まぁ、あたしってこんなだったっけ、って、 びっくりの連続よ!」内容は悲壮なのに、どこか生き生きと語られる先生に、思わず見入って しまった。「でもね、こんなだったってわけじゃないの。今日からそういうわたしなのよ。は じめて感たっぷり」。
「へぇ?。そういう考え方もできるんですね。じゃぁ、私も今日から新しい自分と付き合う ことを楽しみにしますかね」というと、彼女はふふふっ。 「悪いけど、あなたの新しいは、私にとっては1年前のできごと。新しいは、1回限り、自分 だけが味わえるものなのよねえ?」
励まされたような励まされていないような、不思議な気持ちで別れてから、またえっさかほ いさか階段を昇る。新沢としひこさんの懐かしい歌のフレーズを思わず口ずさみながら。
♪はじめのぉ?一歩ぉ? あしたにぃ?一歩ぉ? きょうからぁ? なあにもかもがぁ? あ?た?らぁ?しぃ?い?
(「はじめの一歩」新沢としひこ作詞中川ひろたか作曲)
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村中李衣
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