2016.05.

「お金って、いいな」


 アパートから大学への通学路にあたる奉還町アーケード街に、さまざまな障害を持ちながら 自立を目指して働く人たちのお店(就労継続支援 A 型事業所)がある。ここの店頭で朝早くか ら売られる「スイートポテトケーキ」を買ってみた。1 切れ 100 円。研究室にたどり着き、ひ とくち口に入れてみて、まあびっくり。ふぁっとバターの香りとお芋のやわらかな甘さが口の 中に広がり、うっとりする気分。そのあと、なんの違和感もない! 違和感というのは、私の 場合、アレルギーがあって、昔から添加物に敏感に反応するということ。反応して食べないと いうわけではなく、感じながらどんな怪しいものでも口に入れるのが私のいやしいところでは ある。

 とにかく、食後のべたつきもなく、あぁなんておいしいんだろうと、大感激。翌日もその翌 日も、一切れずつ買って食べた。ある日、5 つまとめて買うと、店頭で販売していた女性が、 たたたたっとお店の中に入り、支援さんらしき人に「5 個も売れた!」と報告してくれた。い やいや、そんなお恥ずかしいと恐縮したが、そのおかげで店頭に出てきてくださった支援員さ んと話をする機会を得た。あまりのおいしさに病みつきになったことをお話しすると「今のお 菓子表示って、バターとマーガリンを混ぜて使っていても、バターの分量の方が多ければ、バ ター使用ってことになるんです。でも、これはバター100 パーセントで作っています。ベーキ ングパウダーもアルミフリーです。特別そういうことを謳ってなくても、おいしいってわかっ てくださって、うれしいです!」と明るいことばが返ってきた。その後も私の「スイートポテ トケーキ買い」は収まらず、東京出張の折には、10 個まとめて予約注文した。すると、販売係 りの女性は「10 個!東京!」とまたまた目を輝かせてお店の中にたたたたたっ。翌日私に手渡 された 10 個のケーキは、岡山地元の山陽新聞を使った手作りの紙バックの中にきれいに納ま っていた。「『岡山から来たお菓子ですよ?』ってわたしたちの声も聞こえるように」と言いな がら、お店の人みんながニコニコ。

 ところが、ここ数日、スイートポテトケーキが見当たらない。どうしてかなどうしてかなと 思いながら、店の前を通り過ぎていたのだが、とうとう我慢しきれず、「どうしちゃったんで すか?」とたずねた。すると、ここのところ暑くなってきて湿気も高く、添加物が一切入って いないので日持ちもしない。でも、防腐剤なんかを入れるつもりはないので、材料の配合や焼 き方を変えていろいろ実験している最中。今朝作ったのもぽろぽろになってしまって店頭には 出せないでいる...と申し訳なさそうな答えが返ってきた。「じゃあ、その失敗したのを売って ください。私食べますから、何回でも実験して、早く梅雨バージョンを完成させてください!」 と叫んだら「そんなことできません」と断られた。「慈善のために買うのでなく、単純に早く おいしいのを食べたいんです。そのための共同出資金みたいなもんです」と思わず力説。する と「よし、わかりました。がんばります!」と言って、今朝の試作品を売ってくれた。私、財 布から 100 円玉を出しながら、ほんと、初めて「お金っていいもんだな」と思った。お金のこ とを口にするだけで卑しいことのように思っていたけど、そうじゃない。お金は、生きること を繋げてくれるパイプにもなるんだと改めて学べた朝でした。    


村中李衣















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