2016.04.

「いもうとよ」


 新学期が始まった。大学の学生門をくぐると、左手に付属幼稚園に続く道がある。今は名残 の桜はらりはらりと舞っている。

 昨日の朝のことだ。ちいさな笑い声にふと足を止めると、桜の木の下で、登園初日の写真を 撮っている家族の姿があった。まっさらだぶだぶの制服に肩掛けカバンが膝っこぞうのあたり まで垂れている女の子。その隣に、普段着姿のおにいちゃん。2年生くらいかな?どうも今日 は小学校お休みのようだ。そして、ふたりに「じっとしててね、いくわよ?」と必死に声をか けるカメラマンのおかあさん。おかあさんの号令にあわせ、おにいちゃんが、行動に出た! に こにこしながら、妹の背中を両手でなでて、背すじをのばしてやったのだ。そして、妹の肩に 手を当てると「ほら、あっち」とつぶやいた。あんまり素敵な光景だったので「おかあさんも いっしょに、撮りましょうか?」と声をかけた。すると、おかあさんの「ありがとうございま す」の声にあわせて、おにいちゃんが、ぱっと妹の隣のスペースをあけて「ママ、ここ、ここ」。 思わず「おにいちゃん、妹さんの入園、おめでとうね」と言ってしまった。するとおにいちゃ ん、まんざらでもない顔でうなずいた。

 おにいちゃんは、今日の日の主役が誰かを知っている。そして、祝福の気持ちをちゃんと持 っている。きっと去年はおにいちゃんが、新一年生の祝福を、主役としてたっぷり貰い受けた んだな。そのたっぷりが、ことしのやさしさになって、咲いてるんだな。

 今朝のことだ。お昼休みの時間に、学生門を出ようとしたら、目の前を昨日とは別のおにい ちゃんと妹が歩いていた。おにいちゃんの真新しいソックスは、長すぎて制服のズボンの中に 入り込むよう。おろしたてのベレー帽は、頭を半分隠すほど大きい。登園二日目の幼稚園での 時間を無事に終えたおにいちゃんをおかあさんといっしょに迎えに来たよちよち歩きの妹。お にいちゃんは、妹のどこへいくともわからない足取りを気にして、たびたび両手で軌道修正。 それをふりはらってなおもわが道を行こうとする妹に、おにいちゃんは、道端にしゃがんで、 つるつるの石ころをみつけ、高々と頭の上にかかげてみせた。「ほら、これみて!」。「わぁ?」 といいながら、妹はおにいちゃんの方へ。その妹の手をすばやくつかみ、おにいちゃんは、石 ころをなおも高くかかげて歩きだす。ながら、ふたりは、駐車場で待つお母さんのところへ向 かって、歩いていった。

 ?才になったら、おにいちゃんになるってことじゃないんだな。自分より幼いものを大切に 思う気持ちが芽生えたとき、おにいちゃんになるんだな。

 急にウルフ・ニルソンとエヴァ・エリクソンの絵本『おにいちゃんがいるからね』(徳間書 店)を読み返してみた。しあわせな春の午後がすぎていった。

   


村中李衣















一つ前のページに戻る TOPに戻る