2014.06.

「羽は折りません」


 岡山での生活もはや3ヶ月を過ぎた。

 大学からアパートまでの道の途中に古い商店街がある。

 ここ、夕方6時頃からシャッターが下りはじめ、6時半にはほぼすべての店がしまる。

 商う人も買いに来る人も、お年寄りがほとんど。

 先日、その商店街の中にある駄菓子屋さんを訪ねた。

「児童文化論」という授業で、学生たちに駄菓子のスケッチをさせることにしたので、一応私も予備の駄菓子を買いためておこうと思ったのだ。

 さてさて、大学のお昼休みの時間に自転車で駆けつけ、「ごめんくださーい」
返事がない。
も一度大きな声で「ごめんくださーい」
やっぱり返事がない。
それにしても、店先で「ごめんくださーい」って叫ぶの久しぶり。
も一度「ごめんくださーい」。
すると、わたしの声があんまり大きかったせいか、周りのお店の人たちが出てきて「駄菓子、買うの? おじいちゃん、奥の方にいるから呼んできたげるわ」。
へぇ〜、呼んでも聞こえないとこにいるのね。
そんで、この店先にごちゃごちゃ並んだ駄菓子は、このまんまで大丈夫なんかいな…と要らぬ心配をしてしまう。

 やがて、背の高いおじいちゃんが店の奥から登場。

「いらっしゃい」
う〜〜ん、急須に染みついた茶渋みたいな声だ。

 既に物色し終わっていた駄菓子をレジの前に並べ、おじいちゃんがそろばんで計算するのを待つあいだに、竹籠いっぱいに盛られた、小さな折り半途の鶴たちに目がいった。
その鶴たちはどうも駄菓子の包み紙で折られているようだ。

「あのぉ、そこの籠に入っている鶴はどうしたんですか?」
「あぁ、それは、うちの母親が折ったんです。毎朝店の駄菓子をくちゃくちゃ食べて、その包み紙でね」

 なんと、おじいちゃんのおかあさんなら、きっと90歳は超えてるんでないの?
90歳を超えて、毎朝駄菓子をくちゃくちゃ?

「息子がひとさまにどんなものを打っているのか、確かめなきゃならんと言ってねぇ。で、折った鶴は菓子を買ってくれた子どもたちにやるんですよ」
「へぇ〜、りっぱなおかあさまですねぇ。でも、なぜ、鶴は途中までしかおっていないんですか?」

 わたしの質問に、おじいちゃんは、顔をあげて、ニコリともせずに言った。

「折り紙の鶴は、羽をひろげて、首の先をきゅっと折って顔を仕上げるとこが、一番楽しいでしょう。一番のお楽しみは、子どもに残しておかなきゃぁねぇ」 

 おお、これぞ、駄菓子屋スピリット!!

 おみそれしました。
店先のイカサマかば焼きや、黄粉棒、ねりねり飴に、10円チョコ、みんなそれぞれに、子どもとのひそかな信頼関係を結んでいるってことを教わりました。



村中李衣














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