2014.01.

「その肩に愛をのせて」


 母が今救命センターにいる。

 突然倒れて、家族中がおろおろ。その動揺は大きい。

 特に私は、余裕のないスケジュールで動き回り、どれほどいたわりと思いやりに欠けた日常を過ごしていたか、思い知らされている。

 決して望んでのことではなかったが、山口県唯一の先進救急医療センター、AMEC3がどんなものか、今回初めて知ることになった。すごい。

 24時間体制であらゆるリスクの中、「生命」を守ることのためにセンター全体が動いている。
器械と数値が、大きな生き物のように、最もはかない生命体を取り囲んでいる。
ここでは音も匂いも光も、すべてに、命と直結した意味がある。
そして、日頃は最も近くで「生きることを共にしてきた」者たちは、意味を持つ行動を失う。
ただ、祈る。
ただ、涙をこらえる。
ただ、わからない器械と数値を、わからないまま見つめる。

 ところが、昨夜面会に来た息子が、ポケットからピンク色の缶バッジを取りだし、だまってばあちゃんの寝巻の肩にはりつけた。

 ピンクの缶バッジに書かれた白抜き文字は<ほめればのびる子>

「え? こんな余計なもんつけたらいけんやろ」と慌ててやめさせようとした私に、息子は「だいじょうぶやろ。ピンは取りはずして両面テープにしたから」と平然としている。

 頭に包帯を巻き、たくさんの管につながれた母の胸に<ほめればのびる子>のバッジ。

 最新医療に奪われた生身の母が、一瞬私たち家族のもとに戻って来た気がした。

「看護師さん達も、これみたら、ちょっとクスッと笑って、ばあちゃんのことかわいいと思ってくれるかもしれんやろ」と、息子はさらりといった。

 今朝、母のベッドをのぞくと、バッジはまだちゃんとついていた。

 看護師さんが「スタッフみんなで見て、笑わせてもらいました。このままにしとこうね、って」と微笑んでくださった。

 生命をめぐる戦いの場所。
甘えの許されない厳しい戦いの場所に必要不可欠なすべてのこと。
そのすべてのいちばんはしっこに、ピンクの缶バッジが光った気がする。

 がんばれ。



村中李衣













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