2013.02.

「しあわせな誓い」


 卒業生のMが、久しぶりに研究室にやってきた。
彼は、何度かの転職の末、福岡の結婚式場でブライダルプロデュースの仕事をしている。

「このDVDを観てもらおうと思って」

 そこには、87歳の新郎と84歳の新婦のサプライズ結婚式の模様が映されていた。
新郎は、認知症を患っている。
今はお二人とも施設に入所されているが、新婦には、その介護の日々もあったらしい。

 地域に貢献できる催しをなにか企画したいということで、Mは、故あって結婚式を挙げることができなかったお年寄りに結婚式を挙げてもらうことを考えたのだそうだ。
けれど若いMにはそういうお年寄りとの出会いも情報もなくて、一時は無謀なアイデアだと諦めかけていたという。
そんな中、訪問した施設で若いころから親代わりになって弟妹の面倒を見てきたために結婚式を挙げるどころではなかったこと、そのために妻に花嫁衣装さえ着せてやることができなかったことをお酒の席で何度か口にしていた新郎(おじいちゃん)の存在を知り、ぜひともとこのサプライズ結婚式の準備を進めたそうだ。

 ビデオは、タキシード姿がびしっと決まったハンサムな新郎と、雪のようなウエディングドレスを身にまとった新婦の愛らしい入場シーンで始まる。

「先生、ここじゃじいちゃんごきげんだけど、ほんとは大変だったんすよ。
『どこへ連れて行くつもりだ!』って、おれマジで怒られたんだから」
Mは、笑う。

「けど、タキシードを見たとたんごきげんになっちゃって、ほらほら、ここ、鼻歌歌ってるでしょ、めっちゃにこにこして」

 晴れがましい舞台は、年齢を問わず誰の心も引き立てる。
式に参列したのは施設の入所仲間。
みんな真剣な表情だ。
会場にやってくる時には、施設職員に支えられたり車いすに乗っていたりだけれど、式の途中あたりから、次第に身体に活気がみなぎってくるのが、ビデオでもはっきり伝わってくる。
参列者全員がヘアとメイクをしてもらって、若返った笑顔を湛えている。
祝福のきらきらした光や音楽も良い刺激になっているのだろう。
喜びは主役のふたりだけのものではなかった。

 誓いの言葉を誘う牧師先生のことばにも、格別な重みがあった。
「病める時も健やかなる時も」
ここで牧師先生は一呼吸おかれた。
「これまでもずっとそうであったように、これからもずっと添い遂げることを誓いますか?」
おふたりは、静かに深くうなずいた。
「まだ何が待ち受けているかもわからぬこれからの人生」を誓う若い姿もすがすがしいけれど、「あれもこれもを乗り越えてきた上でなおこれからの人生」を誓う姿も素晴らしかった。

 このサプライズ結婚式に一番熱心に協力してくれたのは、おふたりの娘さんだったとか。
東京から駆けつけ「両親が元気なうちにたくさんの苦労を乗り越えてきたことへの感謝の気持ちを伝えられてよかった」と述べておられた。
あぁ、こういう式もあるんだと思った。

 やんちゃ学生だったMが、他者の人生の一コマ一コマに関わって真剣に生きていることが何より嬉しかった。
私も彼のプロデユースで、還暦ウエディングをやれるといいな。
結婚式といえば・・・


『にんじんケーキ』


ナニー・ホグローギアン/作
乾侑美子/訳
評論社 / 1365円


村中李衣













一つ前のページに戻る TOPに戻る