2012.05.

「新しい場所・新しいものがたり」


 福岡の小児歯科医さんたちが、「医療にも文化を」を唱え、<ビブリオキッズ>というだれでも自由に利用できるちいさな図書館を作った。
選書に関わらせていただいたこともあって、オープン前に見学に出かけた。

 まずは、図書館の隣にある歯科医院をのぞいて、びっくり。
待合室のスペースが、治療スペースと地続きなのだ。
受付等事務作業を行うスペースは、部屋の中ほどに置かれたまあるいデスクで行われており、「むこうとこちら」を区切るものが、ない。
治療用の椅子周りには、ぶくぶくちゅうをする器械がない。
とにかく、いろいろ、あるのが当たり前と思っていたものが、ないのだ。
そして、あるのが当たり前と思っていたもののほとんどが、治療者側にとって都合のよいものであって、患者さんにとって都合のいいものではなかったことに気づいた。
受付の窓口ブースと待合室の椅子が、対峙して在ることの緊張感や息苦しさ。
おかあさんやおとうさんと引き離されて、治療室に入っていく子どもたちの恐怖。
治療の途中でお医者さんと治療を受ける子どもたちが真剣に向きあう時間を突然断ち切る「ぶくぶくちゅう」の作業。
そういうものを、ひとつずつ見直して、治療してもらう子も、治療を施す先生も、見守る家族も、みんな平らかな関係で過ごそうと工夫を凝らしていることがよくわかった。
なにより素敵だったのは、入り口に用意された絵本たちが、みんなていねいに選ばれ愛され読まれていたこと。
「今日のおすすめ」絵本が1冊飾られていて、これは毎日変わるのだそうだ。この日の「1冊」は、かこさとしの『ことばのべんきょう』(福音館書店)。
あぁ、歯医者さんの待合時間に楽しめる絵本だな、治療前のちいさなドキドキを好奇心に変えて見守ってくれる絵本だな、とその選定眼に納得。

 こうしたケアの姿勢の延長に、「ビブリオキッズ」は誕生したようだ。
本の配架はまだだけれど、並べられた絵本たちがきっと喜ぶに違いない楽しい本棚。
ここに、小さな人達とたくさんのものがたりとの出会いが生まれるんだ。
その傍らに大人たちのやわらかなまなざしもあるんだ。
きっとていねいな魂の育ちあいができていくだろう。

 ちなみに、はじまりのコンセプトづくりから、スペースのデザイン、海外の500冊を超える絵本の収集まで駒形克己さんが総合プロデュース。
落合恵子さんや広松由紀子さんも協力されている。
気持ちのいい風の流れる空間に、あなたもぜひ足を運んでみては?


詳しくは「ビブリオキッズ」から。


ことばのべんきょう
くまちゃんのいちにち
かこさとし文・絵
福音館書店/540円


村中李衣













一つ前のページに戻る TOPに戻る